No.21 「チアスピリットで日本を元気にしたい!」フリーアナウンサー朝妻久実さん 夢に近づく一歩の踏み出し方

 No,21

応援プロデューサー:朝妻久実さん

チアスピリットで日本を元気にしたい!

夢に近づく一歩の踏み出し方

1983年生まれ。朝妻久実(愛称:クミッチェル)。北海道出身、東京都在住。元山陰中央テレビ契約アナウンサー。2009年よりフリーアナウンサーとなる。2010年より全日本女子チア部☆に加入し出勤途中のサラリーマンを応援し続ける。現在2代目部長としてチームをまとめ、出張チアをスタートさせる。2014年からは旭川観光大使をつとめ、自身プロデュースの観光ツアーやライブイベントを開催している。

好きな言葉は「できない理由よりできる方法を考える。一歩踏み出す勇気!」

    

 

朝チアで日本を元気に!朝妻久実さんとは?

こんにちは、フリーアナウンサーの朝妻久実こと通称:クミッチェルです!現在はフリーアナウンサーとして、テレビ・ラジオのキャスターやリポーター、ウェディングのMCや、式典、記者会見、地域のイベント等で、幅広く声を使ったお仕事に関わらせていただいております。話し方レッスン講座や講演会等で講師も務める根性・情熱・カジュアル系アナウンサーです!目指すは女版・松岡修造、夢は日本に応援文化を広めること!

現在「朝チア」のレギュラーメンバーは、着ぐるみプレイヤーの関谷幸子(セッキー)、元お笑い芸人の三原美雪(ちむ)、よさこいインストラクターの松岡亜季(まっつん)と、チアダンサーの山田結花子(ゆのっぴ)とと、ママになって復帰した徳田亜沙美(あさみん)と私の6人。 2010年からはじめた“朝チア”は、今年の8月で9年目で約800回以上続けてきました。

毎週火曜日の朝、新宿西口・新橋・池袋にて自主的に”朝チア”で日本のサラリーマンやOLの皆さんに元気をお届けしています。

“朝チア”をはじめるまで~チアリーディング×アナウンサーを両立する幼少期の朝妻さんの原点体験とは~?

幼少期は人前にでるときにちょっとモジモジしている、ちょっと恥ずかしがり屋さんだったなと思います。北海道に住んでいたのですが、親の転勤で新しい幼稚園に入って、常に内気で自分の言いたいことがいえなくて、幼稚園の年長さんのときは、いじめられていましたね。


幼少期の朝妻久実さん

勉強がもともと苦手だったのですが、小学校に入ってあるとき 、公文(くもん)に出会って勉強が得意になり、なんでも一番なりたいと思うようになりました。もともと体育は得意だったので、運動会で一番になりたいとか、常に向上心に溢れた子どもでした。年を重ねるにつれて、頭のネジがいい意味で外れて、どんどん人前で活躍したいと思うようになりました。

中学2年生のときに、新入生と仲良くなろうという学校のイベントで、マイクをもってインタビューする役になりました。台本があったけど自分の言葉で工夫してインタビューしていたら、担任の先生にそのあと「今日のインタビューよかったぞ、朝妻はアナウンサーが向いているんじゃないか」と言われ、そのときに「アナウンサーか…」と将来の夢を意識するようになりました。

北海道の旭川に生まれ育って、周りにテレビ局にお勤めしているような人はいなかったし、アナウンサーなんて当時は東京のきらびやかな世界だけだと思っていました。

大学時代のチアの合宿中の一枚

大学生の時、部活紹介のオリエンテーションがあったのですが、屋外のステージで、チアリーディング部の先輩たちが、ぱっとでてきて、「かわいいー!」と思ったのと同時に、人の上に人が乗って歩いていたりして、でもみんな笑顔でやっていて、なんだか逞しかった。チアリーディングとの初めての出会いはそのときでした。私もチアリーダーになって、みんなのことを笑顔にしたいと思うようになりました。

でも、入部してみたらものすごい厳しい部活だったんですけどね。失敗すれば命にかかわる競技だったので、生半可な根性ではできない世界でした。でも、誰かを本気で応援するチアスピリットと、信頼で成り立つスポーツというところに非常に感銘を受けました。

「70社の面接に落ちる」失敗ばかりの過去

アナウンサーになりたくて就活をしたんですけど、面接に約70社落ちました。最終的に、マスコミではない企業で内定をいただいたのですが、とある本の中の一説の「夢と現実を結ぶ橋は努力である」という言葉が目に留まり、「私は本当に努力をしたのかな?」とモヤモヤを抱えていました。

その時たまたまラジオ局のパーソナリティのお仕事のお誘いがあったんです。これからの人生どうしようかと悩んでいた時に、FM西東京で番組をやっている方から「僕の番組のアシスタントパーソナリティをやりませんか?」というメッセージが送られてきたことがキッカケでした。

一筋の希望の光。藁をもすがる思いで飛び込みました。思い切ってその時持っていた一般企業の内定は全て蹴り、「まだ若いんだから失敗したっていいんじゃないか!」と、アルバイトと両立しながらラジオ局で経験を積むという決断をしました。

その後は、ラジオのお仕事を続けても、それ以外のお仕事のオーディションを受けても、全然受からなくて厳しい時期が続きました。実力が無いんだったら学びなおそうという重いで再びスクールにも通いました。数ヶ月が経った頃、スクールからひょんなきっかけで島根県にて局アナの採用試験のお話しがきてました。親には「あなたの仕送りや夢を応援するのは、社会人2年目までだからね!」と言われていたので、もう後がないという感じで腹を決め、全ての力をそこに集中し背水の陣で臨んだところ、見事受かって島根に移住することになりました。

憧れのアナウンサーのお仕事。カメラの前で食レポをしたり色々なところで取材をしたりして、華やかなお仕事でうれしかったのですが、カメラの前に立つ前に、事務作業とか事前の下調べがあり、慣れない作業にミスを連発してしまいました。実際、憧れのアナウンサーになれてタレント気分で甘えていたんですね。

アナウンサーとしてまだまだ未熟なのに、周りからの信頼をなくしかけ、しゃべること、発信することが怖くなり、人とのコミュニケーションさえも億劫になってしまいました。チアリーディングで自分を表現していた頃が嘘みたいに、周りの様子を伺って生きていました。

でも途中から、アナウンサーでお給料をもらっていくなかで、一社員である私が本当は何をすべきか、素直になって謙虚になってもっとちゃんとやろう、という社会人としての意識が芽生えました。

笑顔も消えるくらい落ち込んでいた時、“朝チア”に出会う

2009年、島根のテレビ局で一年間の契約が終わり、東京に戻ったのはいいけど、元局アナという肩書きがあるにも関わらず、再びキャスターやリポーターのオーディションに落ち続けるという現実を味わい、笑顔も消えるくらい落ち込んでいました。面接に受かってお仕事をもらっていく人を羨ましく思い、「自分なんてどうせ、またオーディションでも落ちるんだろう」と思うようになりました。

仕事もお金も本当になくて人生に絶望し、自暴自棄になっていた時に、ラジオ局時代から交友が続いていた友人に、「本当は何がやりたいの?」と言われ、学生時代に青春をかけたチアリーディングを思い出しました。

その当時、なんと朝の通勤時間帯に、新宿駅で一人で出勤中のサラリーマンを応援している人がいるということを知りました。その当時復帰したラジオ局で、「新宿の路上でチアリーダーをしている人に会いたい」って言ったら、「その人ゲストでこの前来たよ」とたまたま教えていただき、部員を募集しているという情報を得て、勇気を出して新宿に見に行きました。

「朝チア」

それは、サイトウアヤさんという1人の女性が始めた活動。

初めてみる彼女は生命力と精神力に溢れ光り輝いていました。「この人と一緒にチアをやりたい!」「今の自分のこの状況を変えたい!」私はこんな殻に閉じこもっている場合ではないと思い至り、心の底から拍手をして「私やりますっ!」と伝え、部員第1号になりました。

朝、ものすごい数のサラリーマン(OLさんも含め)が若干険しい顔で自らの戦地へと歩いていきます。そこに(勝手に)エールを送る。私たちは、求められてやっていたわけではなく、自主的にやっていたのですが立ち止まって「ありがとう」を伝えてくれる人や、ちょっとの笑顔で、満たされる自分がいました。

朝チアをやることによって自らが励まされ、誰かを応援できるようになった自分がいました。100人が喜ばなくてもたった一人でも笑顔にすることができたら。懐かしい何かがぽっと自分の中によみがえりました。

できない理由じゃなくて、できる方法を考える

はじめの頃は毎朝朝チアをやっていただのですが、部長に、「朝起きれるかわからない」っていったら、「クミッチェル違うよ。できない理由じゃなくて、できる方法を考えるんだよ。」と言われてハッとしました。何事もその後は、できない理由ではなくて、できる方法を考えるようになり、そうすると不思議と毎日朝チアを続けている自分に自信がつくようになりました。

誰かの応援ができている自分、クレイジーで面白いことをブレずに実践している自分が、揺るがぬアイデンティティーに変わり、そのころから本業のアナウンサーの仕事は不思議とうまくいくようになりました。部長のサイトウアヤさんとは、彼女が結婚を機に活動を引退するまで、2人で5年半一緒にやりました。その間に東日本大震災もあり、被災地に私たちのチアを届けたりもしました。

 

「朝チア」をはじめ、長年の夢だったアナウンサーになり、好きなことを仕事にできるようになりました。現在は大好きなチアリーディングに関わる番組のキャスターや、情報番組のリポーター、広くタレント、として活躍し、旭川市の観光大使も務めています。

「朝チア」をはじめるまでは、できないという意識が一番の壁になっていて、自らがその壁を作っていたことがわかりました。心の中で「えいやー!!!」で飛び越えていくということを、今では合言葉にしています。

もともと経験のあったチアリーディングという競技スポーツは、私たちはパフォ―マーではなく、応援を導く人、応援者、チアスピリットという精神のもと競技を競うもの。美しくみせるだけではなく、お客さん、ライバルでさえもお互いに応援しあいましょう。という考え方があるんです。

部長が引退し、自分ひとりになってからは、立ち止まってくださった方に声をかけたり、挨拶を交わしたり、自分の思うチアリーディングのスタイルに変わってきました。その後は、一緒に朝チアをやりたいという人に出会い、現在は「全日本女子チア部☆ 」として、新たに6人 で活動しています。

さらなる挑戦へ…応援プロデューサーとして日本を元気に

朝チアから始まり出張チアが生まれ、自分たちが誰かを元気にし、場を盛り上げるだけではなく、元気をもらった人が今度は誰かを元気にするという連鎖が生まれるということができると確信しました。次なるステップは、アナウンサー、チアリーダーの枠を超え、日本に応援文化を浸透させ応援の輪を広げるために、応援プロデューサーとして企画・演出・発信を今後は担っていきます。

2017年秋に、パラスポーツを応援する東京都主催のイベントのMCを務めさせていただきました。運営関係者の方とのはじめましての挨拶の時、アナウンサーの名刺を切らしていて、チアの名刺をお渡ししました。イベント終了後に別途相談があるといわれ、今後パラスポーツの応援イベントを手掛けていくので、その中で朝妻さんに応援に関わるすべてのこと(キャスティングから現場の盛り上げスケジュール管理、経費管理など)をお願いしたいとお仕事をいただきました。

はじめてのことだったけれど、NOという考えはなくって一つ返事でOKしました。まさに自分のやりたかった応援の0→1をつくる作業。苦手な企画書つくりの面では、心根のあうパートナーに出会うことができ、一緒に事業に取り組むことができました。本番を迎え、すべてがよかったわけではなく課題も見つかったけれど、「応援があってよかった」という声をいただきました。

この会場の選手とお客さんの一体感を、自分たちで作り上げることができた喜び、うれしさを実感しました。応援は、自分ひとりの自己満足で終わるものではなく、相手に頑張ってほしい、一歩踏み出してほしい、とプラスのパワーを与えられるもの。そしてその応援が集まると、とてつもないパワーになるということ。応援って素晴らしいものだと改めて感じました。

2018年1月には、マスコミ関係者やタレントも参画するブラインドサッカーなどを応援する600名規模のイベントの応援を考えるという企画を担いました。0→1をつくる作業は本当に大変だったのですが、関わる人すべてを巻き込み、イベントを盛り上げることができました。応援は確かに必要なんだということがわかりました。

二つの応援企画のお仕事から、総合的に応援をクリエイティブに創る仕事がしたい、応援スピリットを持つ人を増やしていきたい。と思うようになりました。今後は、応援ってなんなんだろう、何をもって応援というんだろう、パフォーマンスをするだけじゃないよねと、「応援」の定義をチームのみんなと深堀りし、より発信力をつけSNSでも誰かの応援ができるようにする体制づくりが課題です。

全日本女子チア部☆としては、全国47都道府県に出張チアに行けるようにしたいと思っています。(2018年4月現在は北海道・関東・広島のみ)2018年の今年は、故郷である北海道が命名150年記念の年です。地元を応援したい、北海道の未来を応援したいと考え、全日本女子チア部☆でみらい事業登録者になりました。今年は特に力を入れて取り組んでいきたいと思っています。4/1に開催した旭川でのライブも大成功でした。パラスポーツでも地方創生の面でも着実に活動の幅は広がっています。

2018年2月の北海道の極寒でチア
日本に応援文化を広げたい~朝チアでエールを送り続ける朝妻さんの応援の醍醐味とは?~

野望とか夢・目標だと固いけど…「全日本女子チア部☆」の活動をはじめてからは、広島に出張チアにいったり、北海道に出張チアにいったり、少しずつチアスピリットの精神を伝えたいという思いは叶ってきています。オリンピック・パラリンピックを機にもっともっと日本に応援文化を広めていきたいです。

大人になって、社会人になると、応援する機会もされる機会もなくなりがちだけど、でも、応援されると悪い気がしない、口角が自然とあがる。私たちをみて、うれしそうに手をちょっと上げていく人もいる。応援文化が広まると日本がもっともっと元気になる。応援と感謝は繋がっている。一歩踏み出す勇気、たったの一歩かもしれないけど、そこには一歩踏み出す前の自分とは全然違う世界が待っています。

私は生涯チアスピリットをもって生きていきます。女版・松岡修造を目指し、日本中に応援文化を根付かせていきます!

皆さんも是非応援の輪にjoinして下さいね!

朝妻久実さんからの募集のご案内

①出張チア&司会(交流会、忘年会、決起大会、送別会、イベントetc.でチアリーダー&アナウンサーに盛り上げて欲しい)募集中

②「応援の応援がしたい人」募集中。
チアができなくても、応援に携わりたい人は連絡ください。
音楽、IT、振付など得意なことがある人は教えてください。

③“応援”をテーマにチア部☆と企画を考えたい人(団体)募集中

◆出演/取材依頼先
info_ajcclub@yahoo.co.jp
kumiccheru@gmail.com

◆朝妻久実オフィシャルサイト
http://www.asazuma.info/

◆全日本女子チア部☆オフィシャルサイト
https://ajcclub.amebaownd.com/
*オリジナル応援ソング「Go Fight ! Go Soul !!」ジョイサウンドにて好評配信中!

朝妻久実さん
インタビューのご協力
誠にありがとうございました!

女性起業家インタビューサイト「キアラ」では月に1度、今一番輝いている女性をピックアップしインタビューを掲載しています!インタビュー依頼は「インタビュー依頼」よりお願いいたします。(since 2016.1.1)

主催:NPO法人アラジ